飛行犬撮影会の写真が届く

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飛行犬撮影会の写真が届く

スキッパーキサムの飛行犬撮影してもらってから暫くすると約束の物が届いた。
サムの写真。撮影後、高山カメラマンが凄くいいと見せてくれた一枚。初めてじっくり見る。
凄くいいじゃない。サム飛んでるみたい。いいねぇとまじまじ見る。親ばか、犬ばかである。あぁ、サムが逃走した時に着いた芝が付いてる。急いで頑張って取ったけど、取りきれなかったからな。残念。せっかくの男前が台無しだよ。と小さい事を見つけては、苦笑いした。
小雨が降ってコンディションはあまり良くなかったのに綺麗に撮って貰って嬉しいな。
写真撮って貰ってよかった。いい記念になった。
サムが逃走しなければ、芝が付かなければ、最高だったのに、とグジグジ写真を見ると思ってしまう。素敵な思い出。

高山カメラマンのホームページやフェイスブックに、撮影したワンコ達がアップされて、サムの写真もあった。それを見て、みんなが思う事。「うちの子一番」御多分に漏れず思った。サム最高だよ!。スキッパーキ迫力違うよねーと可愛い我が子(サム)の写真にデロデロになる。
高山カメラマンが送ってくれた他のサムの画もカッコイイ。でも送ってくれた写真を見ては、そんなに高く飛んでないんじゃないの?などとケチをつけたりしてサムに語る。
何言ってるの?と言わんばかりにサムは自分の写真など気にもせず、叱言言われているのもスルーで、耳だけ動かして伏せて聞いている。
サムにとってはなんて事ない事が凄く凄く凄いって思えるんだよ。スキッパーキであるサムが、前よりもずっとずっと可愛いし、スキッパーキと言う犬種が、サムが驚くような事するたびに、好きになる。

スキッパーキ最初は、ただまっ黒な小型犬。と言う理由で興味があっただけなのに、サムと一緒に暮らして、サムの身体能力の高さ、頭の良さに、苦労しつつもどんどん惹かれる。スキッパーキだからこそできる事だと思う事が多々あるから。
飛行犬写真もそうだ。

スキッパーキだからこそ、サムだからこその「一枚の絵」ができた。

小さいのにしっかりした体躯、黒というボディだからこそ、より重量感ある存在感がでた。何よりも、写真を見てはスキッパーキサムの素晴らしさを何度も何度もかみしめる事ができる。
写真っていいなあ。スキッパーキっていいなあ。

デジタルカメラやデジタルビデオ、スマートフォンで、スキッパーキサムをたまに撮ったりしていたけれど、撮ったものをプリントする事は余りない。フォトプリンターで一度プリントしたことはあったが、直ぐにインクが無くなってしまって、それ以来使っていない。すごく綺麗で良かったのだが、如何せんマメじゃない。どうも出力して写真をアルバムにしたり、撮った画をキチンと整理整頓して写真を保管する習慣がない。
撮ってスマートフォンの中の画を見る事で満足してしまっている。極論を言えば、「撮った」という事で満足してしまい終わっているのだ。

昔は写真の重さが違った。今は殆ど見ないフィルムを使って撮るカメラ。時代の写真のあり方が全く違う。自分が撮った写真を見るには、店にフィルムを持って行って現像して貰い写真とネガを貰う。出来上がった写真を見るまでは、どんな写真が撮れたのかもわからなかった。そして手にした写真を形のあるアルバムで残す。
アルバムを見てはその時のことを思い出す。でも今はわざわざカメラを持ち歩かなくても、写真が取れ、すぐに確認できる。ダメな写真はその場で消去する事も簡単だ。
紙媒体の写真を手にすることが少ない昨今。
だから尚更大切だ。目の前の写真。大切なスキッパーキサムの写真。

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