スキッパーキのサム、預かりトレーニングへスキッパーキのサムを預かりトレーニングへ出す事になった。引っ張りが無くなり、理想の散歩が出来るようになる為だが、寂しい気持ちはどうしようもない。

サムを迎えに行く時と同じ道を走っているのに、気持ちは真逆のドツボな感じ。
店のドアを開けるのも、こんなにドアが重いのかと思うぐらいだった。

まず、サムをどうしたいのか聞かれ、第一に散歩の引っ張りを引っ張らない様にしたいのと、誰が来た時吠えるので、それもかな?
スキッパーキなので、吠えるのは当たり前の事。確かに、良く考えればスキッパーキは猟犬であり番犬でもあったから、怪しそうな人影見たら吠えるのは良いことであって、悪い事では無い。

吠えないようにするという事は、コレに対しては吠える、アレに対して吠えない、等と区別して吠えないようにすることは出来ないから、全てにおいて吠えない様にするかどうするかって事だったので、サムは無駄に他では吠えないから・・・じゃ結構ですと。

何かないかって聞かれると、どうせだから、お願いできる事はお願いしてしまおうと思ってしまう浅ましさです。

では散歩の仕方は、ショードックと家庭犬のどっちにすると聞かれた。
初めて聞くショードックという言葉。(ショードック?ドックショーなら聞いたことあるけど、ショードッグ?それ何なのかな?と思いつつ)散歩の仕方どう違うんですか?と逆に質問するありさま。

ショードックはまあまあ前、家庭犬は後ろと。全くの犬飼い素人だから、話についていけない。

スキッパーキのサム、預かりトレーニングへ基本一緒で歩き方が犬が前か人が前かの違いなら、同じお預けなのにショードックもついてます的な、何だかお得じゃないか!と短絡的な考えで、分かっていないショードックとしてのお預けをお願いした。

さらばサム、1ヶ月後にまた会おう!

的な別れも無く、アッサリ奥に連れて行かれてしまった。サムは振り返りもせず、スタスタと行ってしまった。そんなぁ・・・
奥にはスキッパーキが沢山いるし、サムの社会性を養う為だからと思っても、寂しい感じになる。

サムが居ない間、サムがいると出来ないこと、旅行に行くとか、犬がいると行けないところに行く等の素敵アドバイスをもらい、なるほどと思った。

帰りの車の中で、「ショードック」だって!何だか凄い!サム凄い!出来るスキッパーキ!と気持ちをショードックと言う未知の世界に馳せ、サムの居ない寂しさを埋めようとしていた。
ショードッグって、ドッグショーに出る犬のことだよね?ドッグショーってどんなかな?
全然分からないけど、サム、ショーに出れるのかな?そう思っても寂しい事に変わりは無い。

翌日から、サムの散歩もご飯の用意もする事なく、気が抜けた感じの妙な時間を感じた。サムが居ないから、のんびりゆっくり別な事が出来る。買い物も、お出かけも。

空っぽのサムの家。水飲み、お皿だけではない。気持ちもサムがいない分ポッカリ穴が空いた様な。とはよく言うが、何か足りない。楽しくない。サムが占めていた部分空っぽになっている。無駄に時間潰しをしているかの様に、常にサムのことを考えている。

そんな寂しい日々を過ごしていた時、山中湖のドッグショーにサムが出るから応援に来ないかと、連絡があった。
勿論二つ返事で出かけた。